2026年、病院経営は“過去の延長”を卒業できるか?
- 宇野 重起

- 4月2日
- 読了時間: 7分
「なりゆき」では病院は前に進めない
― 2026年診療報酬改定と新たな地域医療構想が突きつける新時代の病院経営 ―
2026年診療報酬改定を前にして、病院経営は明らかに新しい局面へ入った。もはや、昨日までの延長線上に今日を置き、今日の延長線上に明日を置くような「なりゆき」の経営では、病院は前に進めない時代です。
かつて病院経営は、一定の患者数が来院し、一定の入院需要があり、制度変更があっても大きな方向転換までは迫られない、という前提のもとで成り立ってきました。しかし、いまその前提は崩壊し、厚生労働省の新たな地域医療構想のとりまとめでは、2040年頃にかけて、生産年齢人口の減少、医療従事者確保の困難化、急性期医療需要の減少、高齢者救急や在宅医療ニーズの増加が進むことが明確に示されました。しかも新構想は、従来のように入院医療だけを対象とするのではなく、外来医療、在宅医療、介護との連携、人材確保まで含めて医療提供体制全体を捉える方向へ拡大しています。
とりわけ重いのは、需要構造の変化である。厚労省の整理では、2020年比で2040年には85歳以上の高齢者の救急搬送が75%増、85歳以上の在宅医療需要が62%増と見込まれています。一方で、外来需要は全国的に減少傾向にあり、多くの医療資源を要する手術件数も、半数以上の構想区域で減少が見込まれています。これは、病院がこれまで当然視してきた患者構成・疾患構成・収益構造が、そのままでは維持できないことを意味しています。
この環境変化に対して、「地域に必要とされているはずだ」「これまで何とかやってこられた」「紹介患者はいずれ戻るだろう」「病床は埋まるはずだ」といった感覚的な判断に依存する経営は、極めて危うい状態であることを認識する必要があります。なぜなら、いま問われているのは「存在していること・・・」ではなく、「その病院が地域でどの機能を、どの水準で、どの連携の中で担うのか」に変化しているからです。
2026年診療報酬改定も、この流れをさらに鮮明にしており、改定の基本方針では、患者のニーズ、病院の機能・特性、地域医療構想を踏まえた医療提供体制の整備が前面に掲げられ、安心・安全で質の高い医療の推進に加え、アウトカム評価、医療DXやICT連携の活用、重点分野への適切な評価が示されています。つまり、診療報酬は従来以上に「どの病院にも同じように配られる資金」ではなく、地域における機能・実績・質・効率性に応じて配分される資源へと性格を強めていると言えるでしょう。
実際、2026年度改定では、急性期入院医療の評価体系において急性期病院一般入院基本料A・Bが新設され、BについてはDPC対象病院であることなどが共通要件として置かれました。また、ハイケアユニット入院医療管理料では救急搬送件数と全身麻酔手術件数に関する病院実績要件が新設されるなど、「名乗れば評価される」時代から、「実態と役割が伴って初めて評価される」時代へ進んでいます。
ここで明確にしておきたいのは、「なりゆき経営」の問題は、単に慎重さが足りないことではない、という点です。問題の本質は、自院の将来像を自ら設計しないまま、制度改定・地域需給・人材不足・競争環境の変化に受け身でさらされることにあります。受け身の病院は・・・
①制度上の評価が下がった時に初めて危機に気づく。
②紹介が減ってから慌てる。
③看護師が採れなくなってから機能転換を考える。
④病床稼働率が落ちてから地域包括ケアや在宅連携を口にする。
しかしそこに気付いたときには、地域内のポジションはすでに別の医療機関に取られていることが多いでしょう。
新時代の病院経営に必要なのは、「なりゆき」を否定することではなく、“設計された方向性”へ転換することです。では、その経営の考え方とは何か。私は少なくとも次の五つが必要だと考えています。
第一に、病院を“病床の集合体”ではなく“地域機能の担い手”として再定義することです。
自院は急性期拠点なのか、高齢者救急・地域急性期の受け皿なのか、在宅医療等との接続機能を強めるべきなのか。新たな地域医療構想でも、入院医療の量だけではなく、医療機関機能の確保が前面に出てきています。病院は病床区分のラベルではなく、地域の患者の流れの中でどの役割を担うかを先に定めなければならない。
第二に、経営判断の単位を「前年踏襲」から「需要構造」へ切り替えることです。これから増えるのは、若年・中年層の一般急性期ではなく、複合ニーズを抱えた高齢者、施設・在宅からの救急、退院支援を要する患者群になります。したがって、病院は「自院が得意な医療を続ける」だけでは足りず、地域で増える患者像に対して、自院の資源をどう再配分するかを考えねばならなくなります。救急、リハビリ、退院調整、在宅復帰支援、介護連携、施設連携といった機能は、今後ますます経営そのものと直結することになるでしょう。
第三に、評価される機能は“看板”ではなく“実績”であると認識することである。2026年改定は、超急性期・一般急性期・回復期・慢性期(療養や在宅)など各領域で、実績・アウトカム・体制整備・データ提出を重視する方向を強めていました。これは裏を返せば、病院経営においても「理念」や「伝統」だけではなく、数字で示せる役割遂行能力が問われるということに他なりません。救急搬送件数、全身麻酔件数、在宅復帰、退院支援、データ提出、機能別の患者構成――こうした指標を“算定のため”ではなく“経営そのものの言語”として扱う必要があります。
第四に、人材不足時代の経営は「人を増やす」より「仕事を組み替える」発想へ移ることです。新たな地域医療構想の議論では、医療従事者確保の制約が強まる中で、働き方改革、医療DX、タスクシフト・シェアの推進が重要と整理されています。さらに2026年改定でも、医療DXやICT連携の活用、看護現場でのICT・AI・IoT機器活用による業務効率化が位置づけられています。つまり、今後の病院経営は「採用できるかどうか」だけでなく・・・限られた人員で
①「何をやめ」
②「何を機械化し」
③「何を他職種に移し」
④「何を本来業務へ集中させるか」
が勝負になると思います。
第五に、病院単独最適から地域全体最適へ視点を移すことである。
新たな地域医療構想は、全ての地域・全ての世代の患者が適切な医療・介護を受けつつ生活できる体制を目指し、医療機関の連携・再編・集約化を進める必要を明記しています。これは、今後の病院経営が「自院のベッドをどう埋めるか」だけでなく、地域の医療提供体制の中で、「自院がどこに位置取りするか」を考える営みになるということです。紹介・逆紹介、救急受入、後方支援、在宅との接続、施設との連携、診療所との役割分担――これらは地域貢献の美名ではなく、将来の収益と存続を左右する中核戦略になります。
要するに、これからの病院経営は
「現状維持の延長」
ではなく
↓
地域需要から逆算して機能を設計し
その機能に合わせて人員・病床・設備
連携・ICT投資を再構成する経営
に変化すると考えます。
診療報酬改定は、その病院が地域で果たすべき役割を問う制度へ変わりつつあり、新たな地域医療構想は、その役割を地域全体の持続可能性の中で位置づける枠組みへ変化していくと思います。両者を合わせて見ると、病院に求められているのは、もはや・・・
「うまく適応すること」
だけではなく
「自ら将来像を定め、先に動き、地域の中で
必要な機能として選ばれること」
であると言えます。
「なりゆき」で進めた時代には、病院は制度の内側で生き残れた。
しかし、これからは違います。
制度は、地域の中で意味のある機能を担う病院を選びにくる。
だからこそ、2026年は単なる改定の年ではないのです。
病院が“過去の延長”で経営するのか、“未来から逆算”して経営するのかが分かれる年なのである。



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